夢幻能ってどんなもの?(平川)

夢幻能は、前場後場の複式の仕立てで、前場では土地の普通の人と思われていた前ジテがその実は亡霊であって後場で後ジテとしてその正体をあらわす。そして主人公のシテは、その人の人生の危機的な瞬間をワキの旅人(しばしば僧である)が見ている前で再現してみせる。—しかしそうのようにして舞台の上で繰りひろげられたものはすべて旅先でワキが見た一場の夢幻(ゆめまぼろし)かもしれない、ヴィジョンでしかないのかもしれない。大掴みに述べれば、これが夢幻能の構造である、言い換えるとこのヴィジョン・プレイとは、能を現在能と夢幻能に二分類した際の後者の謂いであって、主人公であるシテは亡霊である。主人公が現在の人間である現在能とその点が違う。現在能ではいわゆる直面物(ひためんもの)の能が多く、仮面を用いない。能楽で仮面を用いるのはその人がこの世の人でないからである。夢幻能の特色は、あの世とこの世が橋がかりという装置で通じているところにある。大正三年にあたる1914年、パウンドはこの日本の複式夢幻能を発見したときの驚きをQuarterly Review, XLIV(Oct.1914)に掲げた『日本の古典的演劇』(The Classical Drama of Japan)でこう述べた。

これらの能楽についてもっとも驚嘆すべきことは、その能楽が霊的なるものを完全に驚嘆すべきほど見事に把握していることである。これらの能楽作品は、肉体をまとった人間よりも神話的な人物、というかより有体にいえば亡霊を取り扱っているのである、これらの能楽作品の作者は偉大な心理家である。